アイヌについて調べてみたら「先住民族」とは到底言えないことが解った


日頃の報道(国会決議)や学生の頃の授業でなんとなく「アイヌ民族は北海道の先住民族」なんて意識、ありませんか?

わたしもそのひとりでした。

ただ、アイヌ新報に反対する声も聞き始め、なんだか違和感を覚えたので、今回はその内容をまとめてみました。

ではさっそく〜🤙🏻

文科省の公式見解とは?

まずこちらをご覧ください。文科省の見解です。

一 アイヌ文化の振興等に関する基本的な事項
1 アイヌ文化の振興等の必要性
アイヌの人々は、少なくとも中世末期以降の歴史の中では、当時の「和人」との関係において北海道に先住していたと考えられており、独自の伝統を有し、日本語とは異なる言語系統のアイヌ語や独自の風俗習慣をはじめとする固有の文化を発展させてきた民族である。

出展:Copyright (C) Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology

ここでキーになるのは「中世末期以降」と限定的である部分です。

中世末期とは、西暦に直すと、1300〜1500年を指します。
つまり、日本の歴史でいうところの鎌倉時代 (1185-1333)、室町時代 (1336-1573) 以降といったニュアンスではないかと思われます。

こちらの公式見解をベースに今回の「アイヌ問題」について見て行きましょう。

アイヌ民族は先住民族じゃない?!

そもそも先住民族とは?

アイヌ民族が先住民族かどうかを判断するには、そもそも「先住民族」とは何か?という「先住民族」という言葉の定義を考える必要があります。

そこで真っ先に思いつくのが、国連決議の「先住民族の権利に関する国際連合宣言」でしょう。

これは、2007年9月13日、ニューヨークで行われた総会で採択された決議です。

あくまでも法的拘束力はないとはいえ、同宣言は、先住民族に対する差別を禁止し、彼らの権利を明確に保持し、彼ら自身が目指す経済・社会的開発の継続を促進することを目的としています。

しかし、この宣言に反対した国の1つであるアメリカの理由が問題の核心をついていました。

KEI ISHIKAWA
アメリカ

「先住民族」の定義が宣言に盛り込まれなかった

そうなんです。

国連での宣言にも関わらず、「先住民族」の言葉の定義がない_のです。

初っ端からなんやねん_という感じですが、言葉の定義もせずに「感情論」だけでの宣言、さらにそこから繋がる今後の流れを考えると、これは大問題でしょう。

アイヌが先住民族であるという学術的根拠がない

こちらは、北海道北見市のホームページに掲載されている年表ですが、「アイヌ文化期」というものも鎌倉時代以降の話であることがわかります。

しかし、北海道にはそれより以前に複数の神社も創建されています。

北海道にある神社
  • 函館市 船魂ふなだま神社(1135年)
  • 北斗市 意冨比おおひ神社(創建年代不詳、ただし平安時代の康平三歳(1060年)の銘が入る鰐口を有する。)
  • 檜山郡 姥神うばがみ大神宮(創建年代不詳、ただし言い伝えでは1447年に折居姥の草創とされている。)

まぁ、「先住民族」という定義そのものがないのでなんとも言えないのですが、いわゆる一般的な感覚として、先住民族とは「先に住んでいた人たち」を指すものと思われます。

その点を踏まえてみても、アイヌ民族が「神社」を建てるとは考えにくいので、少なくとも上記の時代に「先住」していたとは考えられないのではということです。

古代を見ていっても、アイヌ人ではない「和人」の文化が見つかるなど、どんなに遡ってもアイヌ民族が「先住」していたとは言い難いと言います。
無理やりな仮説をもって証明しようとしているようですが、どれも結構厳しい印象..(これについては追って触れます。)

実際に教科書を見ても、具体的に「いつから」アイヌの人々が北海道に住んでいるのかといった点については言及されていないのです。文献資料では証拠がないのが何よりもの理由でしょう。

言語を例に取ってみても、アイヌ語と日本語は言語的に大変異なります。発音しかり文法しかりです。
そのため、学術書によれば、この2つの言語の分岐は少なくとも数千年前とされています。

となると、擦文時代前にも北海道はアイヌ語圏であったとしないと辻褄が合わないのです。
ちなみに、擦文時代は本州の北東北部にまで分布していましたが、そのような記録は一切ないそうです。

直前の擦文文化とのギャップが大きすぎる

文化というものは時代とともに徐々に移り変わるもの。

しかし、擦文文化とアイヌ文化期では生活様式もガラッと変わってしまうのです。

アイヌ文化期の前の擦文時代には「竪穴式住居」に住んでいたものが、アイヌ文化期に入ると「掘立柱建物」に変わります。

竪穴式住居と掘立柱建物
竪穴式住居とは、かなり深い穴を掘って、柱を埋め込む建築方式に対し、掘立柱建物は、比較的浅い穴に柱を立てる方式。

北海道の土地でも縄文時代と共に1万年以上続いてきた建築様式が、800年前の比較的短期間で急に簡易な作りに変わるものなのでしょうか..?

時代というものは外的・内的要因により徐々に移りゆくものなので、やはり不思議に感じざるを得ません。

1264年のモンゴルによる樺太侵攻、住んでいたのはアイヌ人

ここまで見てきただけでも、鎌倉時代以降、アイヌ人・文化が急に入ってきた_と見る方がしっくりこないでしょうか?

実際に、1264年には「北からの蒙古襲来」の初めとされるモンゴルによる樺太侵攻がありました。

この時に樺太に住んでいたとされるのがアイヌ民族。

となると、「そこ(樺太)から逃げるべく、北海道に入ってきたのでは?」という仮説が浮かぶのではないでしょうか?

ここまでのファクトまとめ

Facts
  • 擦文時代、北海道に縄文人の子孫はいたが、アイヌは居なかった
  • 同時期、樺太にはアイヌが居た
  • それ以降では、文献資料でも北海道の地にアイヌが居たとされている

ただし、鎌倉時代に”日本固有の領土”という概念はないので、アイヌが北海道を侵攻した_とも言い難い。

とは言え、たかだか800年前に移住してきた民族であれば、いわゆる一般的な「先住民族」という定義には違和感がありませんか。。

北海道アイヌは先住民とする場合の仮説を立ててみた

逆の立場を理解するために仮説を立ててみましょう。

アイヌは先住民だとする立場の仮説
「縄文人の子孫たちが、樺太のアイヌと混血し、それにより生活仕様も代わり、新しい文化を生んだ」
KEI ISHIKAWA

残念ながらそんな証拠はどこにもないって..

仮説も上手くいかないですね。。

アイヌは移住してきた民族_ではいけないのか?

となるとここで1つの疑問が生まれますね。

KEI ISHIKAWA

なんでアイヌ民族がまるっと「移住」してきたとしてはいけないの?

先ほどのファクトを見直しても、

「鎌倉時代までは、北海道の地にアイヌは存在しなかった。しかし、その後の短い期間でアイヌ民族が北海道に移り住み、居住地を広げていった」

とすればスッキリする気が..

繰り返しになりますが、少なくとも、アイヌが北海道の地の先住民族であることを証明する学術的根拠は存在していません。

まとめ|国会決議された真意とは

KEI ISHIKAWA

察しのいい方なら薄々気づいているのでは?とも思いますが、答えは「学術的な証拠がないので、政治的な裏付けが欲しかった(勢力がいた)」と考えるのが妥当かと思います。

いわゆる「ポリティカルコレクトネス」をうまく使った例と言えるのではないでしょうか。

ここからは余談(人によっては主題?)ですが、沖縄と同じことが起きているように思うのはわたしだけでしょうか。

実際問題、中国共産党とアイヌ教会には密接な関係があります。その歴史は1971年にまで遡りますが、詳細はここでは割愛します。
日本共産党がアイヌ問題を必死に発信しているところから見えてもいろいろと明白かとも思います。

ちなみにアイヌの権利回復を求める運動の呼びかけ人のメンバーはこんな顔ぶれ..

アイヌの権利回復を求める運動の呼びかけ人
  • 金時鐘(詩人)
  • 佐高信(週刊金曜日編集委員)
    ⇨朝鮮学校無償化を支持していたり、2019年7月の選挙の論点はモリカケと言っていた共産党支持者
  • 辛淑玉(人材育成コンサルタント)
    ⇨沖縄の過激派を応援していることでも有名な「のりこえねっと」の共同代表
  • 田中優子(週刊金曜日編集委員)
  • 中山千夏(作家)
    ⇨憲法改正反対、人権や反戦の市民運動家
  • 朴慶南(エッセイスト)
  • 針生一郎(丸木美術館館長)
  • 藤崎良三(全労協 議長)
  • 丸山未来子(おんな組事務局)

しかし残念なのは、あの菅義偉官房長官がアイヌ政策推進本部の本部長というのがもう本当に残念でなりません。

さらに、一部のアイヌが先住権・自治権を要求しているのですが、例えば、アイヌに自治区を作らせ、さらに独立運動を起こさせて日本から分断すれば、侵略支配することができるようになりますよね。

実際に、北海道では外国資本(主に中国)による土地売買が進んでいます。まさか!と思うかもしれませんが、あれだけの人口を抱える国ですから、水資源の確保は死活問題なのです。
興味があればこちらの記事も参考にしてみてくださいね。

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